財団法人 がん集学的治療研究財団

理事長挨拶

今こそ学べ「近江商人」の心






(財)がん集学的治療研究財団
理事長 佐治 重豊

数年前、高名な経済学者達が、「会社は株主のためにある」と声高に叫び、労働を伴わない数字上の商取引(マネーゲーム)が、成果主義の名の下に正当化され、全世界がこの仮想空間の中で踊らされ、今日の金融危機を引き起こした。少し考えれば矛盾だらけのこの理論に気が付かなかった。労働力をエネルギーと考えれば、経済もまた熱力学で代用されるエントロピーの理論に支配される訳で、労働力がお金として形を変えて供給されるが、汗水流さずして(無熱)利益を得る現象は成立しない筈である。


日本には、商人の基本的経営理念として、近江商人の考えが存在した。すなわち、「勤勉・倹約・正直・堅実・自立の精神」で、先祖を大切にし、敬神の念を忘れず、成功しても「奢者必不久」、「自彊不息」の心で私利を増やさず、公共福祉事業等に貢献する心である。それゆえ、商取引では相手の利益を優先して考え、自身は薄利に徹し、利益を上げるためには他人の嫌がる苦労を進んで「きばり」、長期的には経済の合理性を求めた「しまつ」の精神を重んずる心である。また、他国へ行商する場合にも総て我事のみとは思わず、其の国一切の人を大切にして、私利を貪ること勿れ、である。即ち、売り手よし、買い手よしは勿論、地域(世間)を含めた全てがよしとなる「三方よし」の考えで、この基本が近江の国を中心に1750年頃に誕生し、のこぎり商法、フランチャイズ構想、楽市・楽座等として今も存続している。一方、陰徳善事(人知れず良いことを行う)や始末と吝き(しわき)の精神は、正直・信用を旨とする国民性へと育成され、天性成行(自分の都合や勝手だけを優先せず、損益は長期的な平均で考える思想)の考へと発展し、これらが「近江商人」の心として尊ばれてきた。


(財)がん集学的治療研究財団での基本姿勢


ところで、(財)がん集学的治療研究財団のMISSIONは、「がん患者さんの幸せ」への貢献であり、そのCORE VALUEとして「安全で安心できる効率的な癌薬物療法の展開」、「患者に優しい癌治療法の開発」などで、これを目途に「プロジェクトX」を6年前に起案した(http://www.jfmc.or.jp/information/info08/index.html参照)。その結果、市販後自主的臨床試験では、1000例前後の大規模臨床試験でも、期間内に症例集積が可能となり、毎月100例近い症例が登録されている。これは、試験参加施設の先生方や施設データマネージャの皆様の協力と努力のお陰と深く感謝している。


一般研究助成部門では、助成された研究課題のなかから幾つかが臨床試験としてスタートし、世界に発信できる成果がみられつつある。さらに、研究発表での優秀課題に対し、「札幌がんセミナー」と「広島がんセミナー」で発表できる機会を小林 博、田原榮一両理事長から頂き、発表者のインセンティブ向上に繋がっている。一方、臨床試験の医師支援体制として永年、当財団で行ってきた施設データマネージャ養成事業は、昨年から日本癌治療学会の認定制度へと移行し、逆に恩恵を受ける立場となった。この制度確立のためご尽力賜った関係各位に、改めて心から敬意を表したい。


厚生労働省科学研究推進事業部門では、がん臨床研究推進事業と第3次対がん総合戦略研究の各事業に加え、本年度から新しく、インターネットを活用した専門医の育成等事業(http://www.jfmc.or.jp/product/prod08/index03.html参照)が加わり、その多忙さに事務局は戦場の様相を呈している。しかし、ネットを介して教育できるこのシステムは、超過重労働で疲労困憊の勤務医の勉強に役立つ訳で、その貢献度は極めて高いと信じて職員一同頑張っている。


当財団運営に関しては、事務局を新しく亀戸に移し、データセンター構想を含め、模様替えを図った。また例年の事業計画は、国際規格14001のPDCA方式を基本とし、plan, do, checkを厳密に行っている。お陰で、事務局長を中心に極めて理想的な雰囲気の中で業務が遂行されている。金融危機のこの時期に、年次成果・計画を、胸を張って報告できる理事長は幸せ者で、この正確・厳正なcheckから、次年度計画を立案・企画・実行するactionは、必ず成功するものと確信している。また、このPDCA cycleの輪を毎年拡大させて発展できるよう、職員一同粉骨努力する所存である。


Inter Group Studyを介したアジアへの情報発信


当財団がプロジェクトXで培ってきた手法と成果を、国民に広く還元するためには、更に大きなグループ活動が必要である。すなわち、臨床試験でのInter Group Study(IGS)構想である。この構想を日本で展開させ、その延長線上でアジアを中心とした国際間IGS構想の展開が必要と推察している。近い将来、アジアの人口は世界の半数を占める勢いで増加しているが、内情は経済危機と貧困のため裕福な生活はもとより、疾病に対する治療も不十分で、病死者が増加する可能性が危惧される。特に、がん領域では、アジアでは疫学部門すら不明で、治療法も漢方などの安価な方法が汎用されている。その結果、アジアの貴重な労働力が失われ、世界の経済発展を阻害する可能性さえ予測される。そこで、医学の分野で、世界をリードしている日本は、アジア(東洋)へ目を移し、今こそ日本の存在感を示すべき時かも知れない。


Yes we can !


シカゴのGrant ParkでBarack Obamaが行ったVictory Speechは、多くの観衆を興奮の堝に巻き込み、yes we canの大合唱で熱狂する様は、誠に羨ましく、この様に一致団結できるこの国に心から拍手を送った人は多かったと思う。この力に比べ、日本はアジアのがん患者救済のため、どれだけ熱狂できるか不安で、実現性は乏しいかも知れない。幸い私は、2010年8月に岐阜で第9回アジア臨床腫瘍学会(ACOS)を主催する機会を頂き、現在、遠大な計画(?)を模索・立案中である。先ず、アジア17か国のACOS組織委員を増員・再編成し若返りを図った。また国内組織として、多くの先輩に名誉組織委員を、同僚に組織委員を、将来を担って頂ける若手(?)に学術委員をお引き受け頂き、総数300名を超す組織が完成した。この国内組織の先生方には、学会終了後も引き続きご指導・ご鞭撻を頂き、がん集学的治療研究財団の力を借りて、夢を実現できればと考えている。その可能性は、Yes we canと信じているが、目標達成には東洋社会に流れている農耕民族特有の忍耐力に助けられて、何時かは達成するものと期待している。その手法として、近江で生まれ、近江で育った私が「近江商人」の心の素晴らしさを再認識し、その根底に流れている魂の様を、はじめの項で紹介させて頂いた。詳しくは近江商人関連の書籍を是非ご一読下さい。


平成21年2月吉日