会長

kitajima_top_re

会長 : 北 島 政 樹
国際医療福祉大学
副理事長・名誉学長

 今般、光輝ある伝統と歴史のがん集学的治療研究財団の会長を拝命いたしましたが、その責任と職務の重さを痛感いたしております。本財団の公益財団法人化の際に指令塔として、また財団の真の姿を万人が理解出来る方として無理を承知でお願いした茂木友三郎氏(キッコーマン株式会社取締役名誉会長)の後任であるので、尚更、責任感を感じております。茂木前会長はご就任時に「がん医療の進展は人々の悲しみと絶望を和らげる事に貢献し、がんとの闘いを国や企業にまかせきりにせず、市民や企業に重要性を伝え、少しでも多くの支援を得ていくことが公益財団法人の課題」と述べられておられます。この理念を今後も継承していこうと心に留めております。
 本財団は1980年(昭和55年)厚生労働省医政局所管の財団法人として、1981年に所得税法に係わる特定公益増進法人として設立されました。創立時より財団の事業として終始一貫して(1)多施設共同臨床研究、(2)一般研究助成、(3)市民公開講座など公益性を支店に活動が行われてきました。2004年、私自身も第3次対がん10か年総合戦略会議の一員として参加し、戦略目標としてがん罹患率と死亡率の激減を目指しました。特に革新的がん予防、診断、治療法の開発およびがん医療の均てん化が推進され、本財団も2008年にがん医療均てん化の一貫として厚労省委託事業「がん医療を専門とする医師の学習プログラム検討委員会」設立の委託を受け、「e-learningシステム」を日本がん治療学会、国立がんセンターなど6組織と確立いたしました。2011年より運営団体を日本癌治療学会に移行し、新たな学会と共に「がん専門医育成事業運営委員会」として継承し今日も活発に活動しております。さらに2012年より「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」が発足し、私が委員長として参加する事になりました。本委員会は2017年6月まで9回開催されました。特にがん診療連携拠点病院の指定要件や今後の方向性を中心に議論が行われております。その中で本財団が当初主導してきた「がん専門医育成運営委員会」に於いて現在も主要事項として実施されているキャンサー・ナビゲーター育成が将来的にがん拠点病院施設要件のがん相談支援室への配置を現在も議論されております。公益財団に移行以後も臨床試験、一般研究助成など各事業が幅広く展開されてきましたが、2013年N社の臨床研究のデータ操作発覚以後、本邦に於ける臨床研究ガバナンスが崩壊し、研究助成システムの根本的改革の必要性が強調されてきました。特に利益相反と研究不正が表面化してきた事は周知の事実であり、編集委員として参加していた米国科学雑誌のNEJM編集委員会に於いても各国の利益相反の現状が議論され、私も日本の三省合同倫理指針や日本医学会の指針等を引用し、説明した経験があります。本邦に於ける臨床研究に対する倫理指針の強化により製薬企業の臨床研究支援や寄付行為が厳密化され、本財団の主事業である臨床研究は大打撃を受ける事となりました。このような窮地に立たされた本財団として従来の薬剤に対する臨床研究事業に捕らわれずに、新たなビジョンで展開しないと改善はありえないと理事会で知恵を絞りました。 すなわち福沢諭吉の言葉に「自我作古」があり、「我より古(いにしえ)を作(な)す」と読み、「前人未到の新しい分野であっても困難や試練に耐えて開拓にあたる勇気と使命感を表わす」と云われております。
 正しく本財団の一人一人が過去の財団の栄光に捕らわれる事なく、現実と未来を見据えて財団の貴重な財産である全国的な研究組織のネットワークや支援研究者の輝かしい研究業績などの今後の活用法など、財団全体で「マインドセット」を変え、「勝利の方程式」を確立すれば自ら道は開けると信じております。
 「未来を見据えよ、今の為の今ではなく、未来の為の今」。第100回日本外科学会のテーマでありますが、未来を見据えてリーダーシップを発揮され、今日までの本財団に対し、多大な貢献をされてこられた前理事長、佐治重豊先生に感謝の意を表します。